科学研究で世界は変えられる
研究を続ける意欲の根底には、「科学研究」によって、困難な現状を変えられるという思いがあります。
私は米国留学中にHIV-1がAIDSの原因ウイルスと特定された1984年ころから、この感染症の基礎・臨床の研究に従事しています。1986年には帰国し、感染症例の臨床を担当いたしましたが、1996年頃まではHIV-1感染の告知は、「死の宣告」に近いものでした。そして、薬害で感染した患者さんを含めて、残念ながら、多くの若い命を失いました。その後、抗ウイルス薬の研究が進み、1997年に多剤併用療法(anti-retroviral therapy ; ART)が可能となってからは、AIDSの発症阻止が可能になったばかりでなく、免疫不全が進行した症例においても免疫力の回復が得られるほどになりました。「死の病」は治療可能な慢性疾患となったのです。しかし、ウイルスの生活環を標的とした現在の治療では、長期間残存する感染細胞(潜伏感染細胞を含む)が排除されないため、いったん開始したARTは一生継続しなければなりません。このために、抗ウイルス薬の長期毒性や薬剤耐性が大きな問題になっています。このような現状の中、ART治療下にウイルスが持続感染を続けるメカニズムを明らかにし、これに基づいて残存ウイルスを標的にする新たな治療法を開発することは最も重要な研究課題であると考えます。我々はこれまで、長期にわたりART治療なしでもウイルスの増殖が抑えられている症例から、多くの中和単クローン抗体を分離してまいりました。そしてこれらの抗体の中和活性はウイルスのエンベロープ三量体を動かす小分子の働きによって飛躍的に増強されることを見出しています。小分子の開発に加えて、中和抗体産生細胞から遺伝子を分離しての遺伝子組み換え抗体の作成や、ADCCなどの研究により、残存感染細胞の排除の可能性に挑戦しています。
私自身は現在60名程度のHIV感染症例の治療を担当しながら研究を続けていますが、その基本的スタンスは「ヒトから出発してヒトに還元できる研究」です。現状を変えたいと考える若い皆さまの研究への参加お待ちしています。
エイズ学研究センター教授 – 松下修三